寝不足

口は災いの元

2015年03月の記事

3/30 mon. 出生届

出生届を出すために市役所へ。
ちょうど引越しシーズンだし、手続きに1時間くらいかかってしまったけど、無事に届けは終わり、書類も娘が生まれたことになった。
うちの市は子育てにも力を入れているらしく、出生届の手続き中に児童手当とか乳幼児医療費助成の手続きも話を聞いていた。
残念ながら乳幼児医療費助成は今日だけでは手続きは保険証がないので終わらなかったんだけど、まあ仕方がない。
出勤してからすぐに保険証の手続きをしたら即日発行された。
さすがに帰りに市役所には寄れないので、また後日行ってこなければ・・・。

夜は職場の送別会があった。
今年はかなりいいメンバーだったと思える1年だったので、2次会終わって帰ろうとした途中に3次会に呼び戻されたら断れなかった・・・。
結果、泥酔して帰りのタクシー内での先輩との会話の記憶がない・・・。
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3/29 sun. 礼服完成

ワイフの実家で迎える朝。
かわいい娘は昨日の晩大泣きしたものの、その後ぐっすり眠ったそうで、今日も午前中は基本的に寝ていたみたい。
なのであんまり娘の様子をうかがうこともできず、写真も撮ったりできずに帰ってきた。

いつもより少し早めの電車で帰ってきて、3月のアタマに発注していた礼服を回収してきた。
試着をしたところ、ウエスト大きめにしたのになぜかちょっときついなと思ったり、普段のスーツよりアームホールが太いなと思ったりしたけど、まあ今までのに比べたら全然問題ない仕上がり。
これで着ている時の気持ち悪さは解消できるし、割引もして作れたし、満足すべきだろう。
新しいのは作ったけど、あんまりこれを着る機会が多くないといいけれども・・・。

3/28 sat. 退院後健診

3/23に退院したワイフと娘。
今日は娘の退院後の健診と、退院祝い(?)の病院での食事に行ってきた。

退院してからは夜におっぱいを欲しがったりして寝られず、ワイフはだいぶ疲れてるみたいだったけど、駅に迎えに来てもらって数日ぶりに会う娘はそんなことお構いなしにぐっすり眠っていた。

予定の時刻よりも少し早く着いてしまったんで、病院の受付で待っていると早速ワイフの怒りが爆発した。
内容は娘のお宮参りのことで、うちの親が先週病院に来た時にお宮参りのことをアレコレ言ったことを引きづっていた模様。
「もう決めてください!」とピシャッと言われても、その相談もするために今日は来ているのに何を言ってんだと。
マタニティブルーで今まで以上に変なことを気にするようになっている。
たぶん「うちの両親が言った」ということに必要以上に重たく考えてるんだろうと思うんだけど、「思いつきで言ってるだけだから」と言っても「本当に適当で困る!」ととりつくシマもない。
まあ久しぶりに会ってストレスの発散のお付き合いをしたってことで受け止めておく。

娘は体重も増え、おっぱいもしっかり飲んでいるみたいでほめられた。
ちょっと黄疸が出ているけどそれも問題ない範囲らしい。
娘の話をしてる時はワイフも機嫌がいい。
子供ができるまでは甥っ子姪っ子とも接し方が淡白で、自分でも「子供嫌いかも」と言ってたけど、今は「自分がおなかの中で育てた子供が大きくなっちゃって、自分のものじゃなくなる気がする」ということも言っていた。
そういう心境の変化とか、精神的にいろいろ揺れ動く時期なんだろう。

ワイフの実家に帰り、娘の沐浴をしてから、ワイフが少し寝たいというので1時間ほど娘の面倒を見ていた。
眠そうなのに寝てくれず、泣き出しそうなところをなんとかあやし、ほぼ立ったまま抱きっぱなし。
さすがに腕が疲れた・・・。
そのかいあってかワイフは少し寝られたみたいだった。

が、娘の機嫌が良かったのもそこまで。
いざ夜寝ようとすると義両親が「今まで聞いたこともない」という声で絶叫。
僕があやしてただけじゃダメで、ワイフが添い寝&おっぱいで寝かしつけた。

僕もある程度のことは助けられるけど、最後は母親がいないとダメだと痛感。
まあでも一緒にいる間は、いろいろ不安定なワイフを助けてあげたいと思う。

3/22 sun. 娘の名前

3/18に娘が生まれ、病院に2泊。
何をするのもかわいくてずっと見ていた。
生まれた次の日にはおなかが空いたら泣くようになって、ミルクをぐいぐい飲んだら熟睡。
そんなことだけでもかわいらしい。

生まれて時間が経つにつれて「名前どうする」という話になり、例によってワイフは考えがあるのに僕に考えさせる。
生まれた時に提案した名前は却下され、「前からこういう名前にしたいと思ってた」と。
まあそれも候補の1つで、ワイフが使う漢字にこだわってたごにょごにょしてたやつだ。
3/20の午前中にワイフの母親と妹が来た時にも名前の話になったので、ワイフ提案の名前を聞かせたら「いいんじゃないの」ということで、僕らの間でもその名前で行こうかという感じになってた。

その後、ワイフのネコの世話があるので僕は一度家に帰り、3/21にまたうちの両親と一緒に再び病院へ。
行きの車の中で「赤ちゃんと呼ぶわけにはいかないだろ」と言われて、名前を知らせると、両親とも特に異論なし。
ちょっと安心しつつ病院に向かい、ようやく孫の顔をみた両親が娘と対面して名前を呼んでると、ワイフが若干不機嫌に「名前決まったんだ・・・」と。
「あんたそれでいいって言ってたじゃねえか」と思ったけれども、うちの両親とワイフの母親の前で言えず。

その後、両家の親が帰ったあともワイフは相変わらず名前についてうじうじしており、「それでいいね」という念押しも許されない感じ。
ようやく今日僕が家に帰る時になって「じゃあその名前で」と簡単に言われただけだ。
出産前後で不安定になるのはわかるけど、なんで自分が考えた娘の名前に不機嫌になってるんだろうか。
僕も含めてみんなその名前でいいと思っているのに。

そんなわけですったもんだあったけれども、ようやく名前が決まった。
名前がつくと、また娘への愛情が深まる感じがする。

3/18 wed. 誕生

夜中にワイフから「おなかが痛い」と連絡があって、今朝も「間隔が短くなっている」と連絡があった。
いよいよ立会いの時が来たかと思って、とりあえず職場に休暇の連絡。
ただ、ワイフから病院に行く時に連絡するからその時でいいと言われていたんで、午前中は自宅待機。

その間もワイフは陣痛に耐え続けていて、2度ほど病院に電話したもの「まだ来なくていい」と。
まだ出産まで時間がかかりそうだったけど、今日中には生まれそうだったので僕も準備してワイフの実家に向かうことにした。

到着してワイフのところに行くと相当きつい様子。
「痛い時は答えられないから話しかけないで」「ほんとになんにもしてくれないんだね」と辛らつな言葉をかけられつつ、腰が痛いというので押してあげていた。
しばらくするといよいよ痛みがひどくなったみたいなので、病院に電話して1度見てもらうことに。

車で病院に向かう間もずっと腰を押してあげていて、病院に着いたワイフが「これで帰れと言われても困る」と言ってたけど、診察の結果「今夜日付が変わるくらいに産まれそうだから入院しましょう」と言われた。

それからはひたすらワイフにがんばってもらうだけ。
ワイフが楽な体制だと腰を押してあげることもできず、僕は飲み物を買ってきたことと、横にいてあげることしかできなかった。
その間にお義母さんに買い物をしてきてもらったり、すごく助けてもらった。

その後、陣痛を促したりするためワイフは一度お風呂に入り、出てきてから「もう出てきそう」と言い出したので、いよいよ本格的に出産の準備が始まった。
いきんで子供が出てこないようにしたり、ワイフが痛みに耐えるのに握りしめるタオルを渡したり、できるだけのことはサポート。
助産師さんからいきむよう指示があってからは、指示された呼吸を僕も誘導したり、手を握ったり、体勢で辛そうなところをさすってあげたりだとか、できることをやっていたつもり。

ワイフが冷静でガマン強くがんばってくれたおかげで、日付が変わるよりも早く娘が産まれた。
産まれた瞬間、ワイフに声をかけてすぐに、事前に約束していたとおり赤ちゃんをカメラで撮るべく準備。
僕は産まれて感動したというよりは、無事に生まれてきたことの安堵とようやく顔を見られたことのうれしさが大きかったので、テンションが上がってしまって写真を撮りまくってしまった。
ワイフは本当に冷静で、赤ちゃんを抱っこして安堵の表情を浮かべていた。

そのあと、へその緒に僕がハサミを入れたり、体重を測ったり、いろんなことがあって、気づけば1時間経っていて、赤ちゃんは静かにワイフに抱かれていた。

産まれたばっかりは思ったよりも泣かなくて、「産まれた初日は5、6時間は寝ますよ」と聞いて、僕らも寝ようと思っていたら、夜中から大泣き。
預けることもできたんだけど、せっかく同じ部屋で過ごせるのであやして泣き止ませることにした。
ワイフは出産で疲れ切っていたので寝かせてあげなきゃいけないしし、僕が抱っこであやして、泣き止んで寝たらそのまま添い寝して明け方を迎えた。

出産中は何ができたとも思わないけど、出産後は絶対に旦那がいた方がいいなと自分でやってて思った。
普通の病院なら新生児室に行くから別にいいんだろうけど。

寝不足はひどかったけど、生まれた子供はかわいくて仕方がない。
がんばってくれたワイフには感謝ばかりだ。

3/18 wed. 前駆陣痛?

この週末にワイフの実家に行っていて、日曜に帰ってきたんだけど、その日の晩にワイフから「おなかが痛い」とLINEが入る。
特に何をしたわけでもなく、急におなかが痛くなってきたらしい。
明けて月曜の朝もまだ痛むとのことだったので、僕の方は着替えを用意したり、ネコのエサも多めに準備したり、いつでも職場から行けるようにしてから出勤。
そのことをワイフに伝えたら、「せかされているみたいだ」と不機嫌に・・・。
その日の日中は特に痛みが増すこともなく、しばらくしたら落ち着いたようだった。

そして火曜の夜中、そろそろ生まれそうなのでまだ決まっていない名前を考えていたら、早めに寝たはずのワイフから「おなかが痛くて目が覚めた」と。
近くにいないから様子がわからず、ただどんな具合かを聞いていたら段々ワイフが不機嫌になるのがわかった。
最終的に、「楽な姿勢にして、痛みがガマンしきれなければ病院に電話を」と言ったら明らかに不機嫌な返事が来てしまった。
「そのくらいしか言えない」とLINEで送ったところ音沙汰がなくなる・・・。

里帰り出産中のワイフに旦那の僕は何ができて、どう言ってあげるのが正解なんだろうか?
知らんぷりする気はないんだけど・・・たまたま起きてたからよかったけど、寝てたら何を言われていたやら・・・。
出産の立会いの時にはもっといろいろ言われるんだろうけど、まだ現場にいた方がよいのだろうか。
夫婦のあり方は不安があるけど、もうすぐで子供に会えるのはすごく楽しみだ。

3/14 sat. ファミリークラス

1か月ぶりくらいに里帰り中のワイフの元へ。

昨日はワイフに内緒で軽く飲みに行ってしまったんだけど、今朝は平日と同じ時間に起きて新幹線でワイフの実家へ。
ワイフの両親とお昼を食べてから、お産をする病院のファミリークラスを受けてきた。

前回は妊娠中のことだったんだけど、今回は陣痛が来る直前のことについてワーキンググループをした感じ。
前回も出てた人と「こないだも出てましたよね」なんていいつつ、あっという間に時間がすぎた。
もっとお風呂の入れ方とかラマーズ法とか教わるのかと思ったけど、なんかもっとぼやっとしていて、奥さんの内面部分とかそんなことで終わってしまった。
まあたしかにそういうことを知れば立ち会いの時も身の処し方があるんだろうけど。

今週、ワイフとすったもんだあって、立会いはすることに決めた。
ワイフも僕の顔を見れば文句を言うくせに、1人だと不安になるらしい。
そうならそうと言えばいいのにと思いつつ、LINEでのやりとりだったし、妊婦さんの心の不安定さだと思ってやりとりして、ようやくワイフが立会いしてほしいかどうか言ってくれたので、そうなった。
たぶんお産の間は散々僕に文句を言うだろうし、写真についてもダメ出しをするだろう。
まあでも先に覚悟を決めておけば耐えるのが男の仕事だ、僕も一緒にがんばるってのはそういうことなんだろう。

夜、ワイフの妹家族も合流して夕飯を食べに行った。
1か月ぶりに会っただけなのに、甥っ子は生意気な口をきくようになり、姪っ子はやたら暴れるようになっていた。
今まではどこか縁遠い感じがしてたけど、やけに身近に感じられて、親って大変だなと思った・・・。

3/7 sat. フォーマルスーツ

2月に発注したワイシャツを回収しつつ、ハナビシでフォーマルスーツを発注してきた。

今来ている喪服は学生の頃に母親にエフワンで仕立ててもらったものなんだけど、オーバーサイズすぎて着心地の悪さと言ったらない。
全くスーツを着慣れていない時に作ったから当然と言えば当然の話で。
スーツを着慣れた今となっては、葬式やお通夜のたびに着心地の悪い思いをするのも嫌で嫌で。
ちょうどハナビシでスーツ下取りで5000円引きのキャンペーンをやっていたので、今の喪服を持って行きつつ新しく作ることにした。

ハナビシでスーツを作るのは初めてだったけど、こんな時のためにもらっといた麻布テーラーで作ってるスーツの寸法を持参して、それをベースに採寸してもらった。
採寸してくれた担当の人の感覚とか、ハナビシの型とか、そんな要素が加わってちょっと麻布テーラーの採寸よりいじったけど、たぶん大きく変わらないものができあがりそう。
やっぱり寸法もらっといて良かった。
デザインの部分は失礼じゃない程度の普通のデザインを教わりながら決めた。

そんなにしょっちゅう着るものではないけど、これでだいぶ着心地の悪い思いは解消できそう。
これから子供も生まれるし、また妹たちの結婚式なんかもあるかもしれないし、まあ悪くないタイミングでの買換えだったかなと思う。

3/6 fri. 同窓会的な送別会

今日はちょっとタイミングが早いんだけど、去年の職場で部下だった人の送別会だった。
僕よりも5つも年上で、僕はあんまりそのへん考えないで接していたし、向こうにしたらおもしろくない思いもしただろうし、僕も仕事の注意とか気が進まないこともあった。
まあそんないろんなことを踏まえての送別会。

同じく僕の部下で異動しちゃってた2人と別ラインだった1人、それに僕との4人で送るって聞いていたんだけど、会場の居酒屋に行くと、もう1人の部下も来てたし、上司まで来ていた。
去年いた職場で残っているのは送別対象の人1人だけなので、みんなバラバラになってたのに、こんなに集まれると思わなかった。
そんなにまとまりがあったつもりはなかったけど、レクリエーションみたいなことはあったし、なんだかんだいい職場だったんだなと思った。

懐かしい雰囲気の飲み会で、一緒に仕事してた時と全然変わらないノリで楽しい夜だった。
また4月にはバラバラになっちゃうと思うけど、こうやって人と人とのつながりって残るんだなと。
いい送別会だった。